「まだ来ていない明日」よりも「過ぎ去った昨日」を大切にする:アフリカのいくつかの文化の時間観念から現代への示唆
現代社会の「時間」というプレッシャー
私たちは日々、「時間」に追われている感覚を抱くことが多いのではないでしょうか。締め切り、アポイントメント、将来への計画、目標達成の期日。デジタルデバイスが刻む正確な時間や、効率化を求める社会の圧力は、時に私たちからゆとりを奪い、未来への漠然とした不安を募らせます。まるで、時間が私たちを支配しているかのようです。
このような現代社会の「時間」の捉え方とは全く異なる、ユニークな時間観念を持つ文化が存在します。今回は、アフリカのいくつかの伝統的な文化に見られる時間観念に目を向け、それが現代を生きる私たちにどのような示唆を与えてくれるのかを探ります。
アフリカの時間観念「ササ」と「ザマニ」
アフリカの多くの伝統社会において、時間とは直線的な流れではなく、人々の経験や出来事を中心に巡るものと考えられてきました。ケニアの哲学者ジョン・ムビティは、東アフリカのいくつかのバンツー系民族の時間観念を研究し、「ササ(Sasa)」と「ザマニ(Zamani)」という概念を提唱しています。
「ササ」とは、現在と、そこから非常に近い過去および未来を含んだ時間のことです。これは、人々が直接経験し、記憶している、あるいは近いうちに経験するであろう出来事が起こる領域です。例えば、今朝の出来事、今日の予定、明日の収穫などが「ササ」に含まれます。活動的で、出来事に満ちた時間と言えるでしょう。
一方、「ザマニ」とは、遠い過去の時間を指します。これは個人的な記憶の範疇を超え、共同体の歴史、神話、祖先の出来事などが蓄積された広大な領域です。世界の創造や民族の起源といった物語もここに位置づけられます。「ザマニ」は「ササ」に比べて活動的ではなく、ある種の静的な、しかし非常に重要な時間貯蔵庫のようなものです。
未来よりも過去を重視する時間
この「ササ」と「ザマニ」の概念から見えてくるユニークな点は、未来の時間が非常に短いか、ほとんど考慮されないということです。ムビティによれば、アフリカの伝統的な思考においては、「まだ起きていない遠い未来」は、実体のないものとしてあまり重視されません。彼らにとっての時間は、むしろ過去から現在へと向かって流れてくるもの、あるいは「ササ」の出来事がやがて「ザマニ」に蓄積されていく過程と捉えられます。
つまり、人生や共同体の基盤となるのは、これから来る不確かな未来ではなく、既に経験し、共同体の記憶として共有されている過去(ザマニ)なのです。物語、ことわざ、歌、儀式などを通じて語り継がれる祖先の知恵や功績こそが、現在を生きる人々の行動を方向づける羅針盤となります。
これは、常に将来の目標設定やキャリアプラン、資産形成など、まだ見ぬ未来に備えることに重きを置く現代社会とは大きく異なります。私たちは未来に向けて計画を立て、逆算して今を評価しがちですが、アフリカの時間観念は、むしろ過去からの繋がりや、現在進行形の出来事の中にこそ時間のリアリティを見出します。
「イベントタイム」という時間の流れ方
さらに、アフリカの伝統的な時間観念の特徴として、「イベントタイム」という考え方があります。これは、時計やカレンダーといった抽象的な単位ではなく、具体的な「出来事」が発生することによって時間が区切られ、感じられるというものです。
例えば、待ち合わせの時間は「太陽が一番高くなる頃」とか「牛の世話が終わってから」のように、具体的な活動や自然現象によって示されます。会議の始まりは「関係者が全員集まってから」となり、人が揃うという出来事が時間の区切りとなります。収穫祭や雨乞いの儀式、通過儀礼といった共同体にとって重要な出来事が、人々の時間の流れを形作ります。
これは、厳密な時間単位でスケジュールを詰め込み、分刻みの行動を強いられる現代社会とは対照的です。現代では、時計の時間に合わせて人が動き、出来事を無理に時間に押し込める感覚がありますが、「イベントタイム」では、出来事そのものが時間のペースを決定します。そこには、個々の活動や人々の関わりが中心にあり、抽象的な時間によって支配されるのではなく、生活の実態に即した自然な時間の流れがあります。
現代への示唆:未来への不安を手放し、今と過去を大切にすること
アフリカの伝統的な時間観念は、現代社会に生きる私たちにいくつかの大切な示唆を与えてくれます。
第一に、未来への過度な不安や焦りから解放されるヒントです。まだ見ぬ未来にばかり目を向け、不確実性に怯えるのではなく、今この瞬間の出来事や、既に積み重ねてきた過去の経験に価値を見出すこと。人生の基盤は、予測不能な未来ではなく、確かに存在し、私たちを形作ってきた過去にあると考えることで、少し肩の力が抜けるかもしれません。
第二に、「今、目の前にあるもの」や「人との繋がり」を大切にする時間の使い方です。「イベントタイム」のように、時計に縛られるのではなく、目の前で起こっている出来事や、一緒にいる人々との関わりに集中する。効率や生産性だけでなく、その瞬間の質やつながりを重視することで、より豊かな時間を感じられるのではないでしょうか。友人との予期せぬ会話、美しい景色との出会い、静かに内省する時間。これらは、スケジュール帳には書かれないけれど、人生を豊かにする大切な「出来事」です。
第三に、過去の経験や共同体の記憶の価値を再認識することです。私たち一人ひとりの過去の経験は、かけがえのない財産です。成功体験だけでなく、失敗や困難を乗り越えた経験も、未来への不安を和らげ、現在を生きる上での糧となります。また、家族や友人、地域の人々と共有する歴史や記憶は、私たちを支える共同体の基盤となります。デジタル化が進む現代において、こうした「ザマニ」的な時間の価値を意識的に見つめ直すことは、自己肯定感を高め、心の安定につながるでしょう。
あなたの時間を見つめ直す問いかけ
私たちは、現代社会の時間の流れの中で生きています。時計やカレンダー、締め切りといったツールは、私たちの生活を成り立たせる上で欠かせないものでしょう。しかし、それらに支配されすぎず、自分自身の内なる時間や、周りの人々、そして過去との繋がりを意識することで、時間の感じ方は変わってくるはずです。
あなたが今、最も大切にしたい「出来事」は何でしょうか。過去の経験から、どのような知恵や力を得ていますか。そして、未来への不安に囚われず、「今」という時間をより豊かに生きるために、何ができるでしょうか。
アフリカのいくつかの文化が教えてくれる、未来よりも過去に目を向け、出来事を中心に流れる時間は、私たちに「時間」とは何か、そして自分自身にとって本当に価値のある時間とは何かを問い直す機会を与えてくれます。この視点を通して、あなたの日常の時間の感じ方が、少しでも豊かになることを願っています。